ある日の放課後。
「ンー! 美味し! ケーキの横綱、北の湖ネー! 雷電は大関ヨー!」
 ヘッドホンで音楽を聴きながら美味しそうにケーキを頬張るレミィのことを、リンさんは物欲しそうに眺めていた。
「どうしたんでしょうか? レミィの方を見て」
「え?」
 僕の問いに、自分でも気づいていなかったのか、リンさんの目が点になる。
「……ああ。大丈夫、リンさんの分のケーキなら冷蔵庫にありますよ」
「べ、別にそういうわけじゃないですし! ……ケーキはいただきますけど」
 否定しながらも素直なリンさんの反応はとても微笑ましい。
 だけど。僕がケーキを用意しても、リンさんはチラチラとレミィのことを見ていた。
「……アキラ先輩」
「何でしょう?」
「レミィ先輩って本名はなんて言うんですか?」
「レミィの?」
「やっぱり、その、あちらの方のような名前なんですか?」
 思いがけない質問に小首を傾げる。あちらはどちらなのか。そちらなのか、それともこちらなのか。
「あちら……? にかほのことでしょうか?」
「そっちじゃなくて、外国人の方みたいな名前なんですかって意味ですし」
 ああ、なるほど。
 それなら。質問に答えようと口を動かすと、
「話は聞かせてもらった!」
 突然窓が開き、外から上がってきたハルナさんが窓枠に仁王立ちをした。うちの学校の制服はロングスカートだからいいですけど、普通の短いスカートだったら間違いなく中が見えてしまう。
「ちゃんと入り口から入ってきてください」
「些細なことを気にするでない。老けるぞ」
「いえ。今日は絨毯を綺麗にしたばかりなので、土足は。本当に」
「う……」
「ハルナさん、ハルナさん。……本当に」
 静かに圧力をかけ続けたところ、プレッシャーに負けたのか、ハルナさんは涙目で敗走し、ものの三十秒ほどでドアの方から帰ってきた。もう春だというのに、背中からは蒸気が出ている。
「話は聞かせてもらった!」
「随分早かったですね」
「駆けてきたからな!」
 無駄な努力だとは思いますけど、勝ち誇るように胸を張るハルナさんに告げるほど残酷にはなれない。元気ですね、うん。
「リンよ。アキラに問うても無駄だぞ」
「どうしてですか?」
「我らはお互いの名前を知らぬのだ。源氏名があるゆえ、必要がないからな」
 どこか優越感に浸るかのようにハルナさんが鼻を鳴らす。
 確かに僕たちはプライベートでも源氏名で呼んでいた。源氏名と言うと仰々しいけど、つまるところあだ名と何も変わらないわけで。
 でも、僕には言いたいことが一つあった。
「僕、レミィの名前知ってますよ」
「何故だ!?」
「同じクラスなので」
「そこ別れろよ!」
「僕に言われても」
 クラス分けを決めるのは先生方なわけで。
 というか、うちの学校はクラス替えがないから去年から一緒のクラスなわけで。今更言われてもリアクションに困る。