「ハルナさん。本当は知りたいんでしょう?」
「だ、誰が! 誰も知りたくない!」
 ハルナさんの横に腰掛け尋ねるも、彼女は認めなかった。
「本当に?」
「う……誠に誠だ!」
 本当にこの人は素直じゃない。ムキになっているのが何よりの証拠だ。ただ単に、僕がレミィの名前を知っていたということに拗ねているだけなのだ。
「へー、本当に同じなんですね」
「レミィは東(イースト)でアキは藤(ウィステリア)だけどネー」
 僕たちの向こうで、レミィが耳打ちでリンさんに名前を教えると、
「あー!? 何をしておる!」
 ハルナさんは小さい身体に似つかない大声で狼狽えた。おかげで隣に座る僕は耳が痛い。比喩ではなく。
「いいじゃないですか。ハルナさんは知りたくないんでしょう?」
「む……ああもう! このうつけ! たわけ! まぬけ!」
 真っ赤な顔で吐き捨て、ハルナさんは側にあったブランケットを頭からかぶってしまった。まったく、本当にハルナさんは素直じゃない。
「ふんだ。拗ねるぞ? わたしがだぞ? 部長がだぞ?」
「拗ねるぞって、もう拗ねてますし」
 リンさんが至極真っ当なツッコミを入れるが、ハルナさんからの反応は一切ない。身動き一つない。完璧な無視だ。本当は無視されたくないくせに。
 どうやら今回は演技じゃないらしい。
「……本当に拗ねられましたか。面倒くさいですね」
「ど、どうしましょうアキラ先輩?」
 リンさんがおどおどしながら僕の方にやってくるが、心配はいらない。
「大丈夫。任せてください。……レミィ」
「ハイナ!」
 僕の合図に、レミィは元気よく返事をして、両手をメガホンのように口へ当てた。
「ヨ、部長(ブチョー)さん! ハルナ部長(ブチョー)!」
 レミィが楽しそうに呼びかけ、ブランケットに包まれたハルナさんはピクリという小さな反応を見せる。その小さくて早い反応は反射的なものだろう。
 僕とレミィは一年もハルナさんと同じ部活にいるので、その扱いには慣れていた。ハルナさんは簡単にへそを曲げてしまうが、その分簡単に機嫌を直してくれるのだ。端的かつ好意的に言うと、ハルナさんは元気です。
「単細胞さんなので、部長、って呼んであげれば無問題です」
「……ひょっとして、普段アキラ先輩とレミィ先輩が部長って呼ばないのはこの為なんですか?」
「用法用量を守り、正しくお使い下さいと言いますから」
 しかし。
 ね? 簡単でしょう? という僕の言葉とは違い、部長と呼ばれる度に僅かな反応は見せるも。ハルナさんがブランケットから顔を出すことはなかった。あれ? おかしいな。ちょっと使いすぎたのかな。
「……どうやら今日は手強いみたいですね……レミィ、パターン2」
「OK! 合点承知の助ネー!」
 部長という呼びかけがダメならば、パターン2の出番だ。使ったことは一度もないけど、レミィは僕の指示に自信満々に胸を叩く。流石は親友。
「何なんですか、パターン2って?」
「部長の次は社長と相場が決まっているでしょう」
「そんなの知らないですし!」
 リンさんが自分の無知を唱えるのをよそに、再びレミィが両手でメガホンを作る。
「ヨ、社長(シャッチョ)さん! 社長(シャッチョ)さん、カッコイイネー!」
 すると。
 目論見通りブランケットから顔を出したハルナさんが、ふくれっ面でこう言った。
「お前が言うと何やらいかがわしい香りがする……」