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前作『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?』はこちらから。
うぇぶれんさい一覧

『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?2』過去分はこちらから。
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?2』①
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?2』②



・サラブレッド

『何のイベントで北海道に行ったんだっけ?』
『アニメです。魔法探偵ワッフル☆スコーンのイベントで』
『へー。何で北海道? こういうのって東京か大阪でやんない? 普通』
『今回のイベントで発表になったのですが、映画になるんです。ワッフル☆スコーン。北海道を舞台に』
『あー、そういうやつね。なるほど。あんたは出るの? 何だっけ、グ、グ、グリ』
『グレイスです。音盗りのグレイス』
『そーそー、あのボインの女狐』
『随分とオヤジっぽい発言ですね』
『ビジュアル的に大違いだよな、清恵とは』
『多分バストは二十センチくらい違うのでは? 映画にはグレイスも出ますよ。というよりもグレイスが主役みたいなものなので』
『もうシナリオ出来てんだ?』
『はい。嘘と記憶を盗まれた女狐怪盗グレイスが全てを取り戻す物語、というテーマだそうです』
『まぁ、人気あったしねぇ。あんたのキャラ』

 しみじみと声を漏らす姉御の言う通り、咏ノ原さんのデビュー作[魔法探偵ワッフル☆スコーン]は当たりアニメであり、音盗りのグレイスは当たりキャラだった。
 グラマラスで露出の多いビジュアルもさることながら、嘘を吐くことが出来ない怪盗というギミック、実はスコーンの姉という美味しいポジション。正直な話、シリーズの後半、もう一人の探偵ワッフルはほとんど蚊帳の外だったと言っても過言ではない。
 私もグレイスは好きだ。嘘を吐くことが出来ないというハンデを負いながら、自分が所属する犯罪組織・梁山泊の撲滅を画策する珠玉の知恵比べを見たら、グレイスが好きになるに決まっている。

『あ、そっか。そういえばグレイスは梁山泊のリーダーに嘘を盗まれたままなんだっけ?』
『そうですね。それとスコーンが妹だということは思い出しましたが、まだ記憶の大部分は盗まれたままです。今回はグレイスが嘘と記憶を盗まれた過去の話、そして嘘と記憶を取り返す現在の話になるそうです』
『……ふーん。なるほどねぇ』
『どうしましたか? 何か腑に落ちていないような顔をしていらっしゃいますが』
『いや、最近こういうの多いなって思って』
『と、言いますと?』
『何つーの? 続きは劇場で!とか、続きはOVAとか』
『そう……かもしれませんね。確かに一昔前よりアニメの映画化が多くなったような気がします』
『あたしもさ、映画になったりOVAになったりすること自体はいいと思うのよ。けどさ、最初っから劇場版やOVAを意識した作りになってるのはよくないと思うんだよね』
『別に私は構いません。仕事は増えますが、その分ギャラも発生するので』
『ほんとに一貫してドライだね、清恵は。あたしも声優としては文句ないよ。あんたの言う通りお仕事だしね。ただ、一人のアニメファンとして言わせてもらうならさ、やっぱりテレビ放送内で完結してほしいよね』
『ファンの方も嬉しいんじゃないです? テレビ放送が終わったあとも好きなアニメの続きを見られるんですから』
『んー……そうかもしんないけどさ、それなら完全オリジナルのシナリオにすればいいじゃん。テレビ放送の謎を残したままにしないで』
『アニメだけじゃなくて、最近はテレビドラマでもよくありますよね。劇場版で完結というパターン』

 確かにそういうパターンは多いかもしれない。でも、テレビ放送の総集編を劇場でやるのよりはいいかな、と個人的には思ったり。

『ところで、北海道はどうだった?』
『どうしようもないくらい田舎でした』
『え? 札幌とかでやったんじゃないの?』
『いえ、安(ア)平(ビラ)町(チョウ)です』
『どこそこ!?』
『北海道ですよ?』
『いや、そうじゃなくて! 何、何市?』
『何市……? 勇(ユウ)払(フツ)郡(グン)です』
『勇払郡? 聞いたことないな……何か有名なものあんの? 名産品とか名所とか』
『名産品は馬ですね』
『馬? 馬刺しってこと?』
『そういう意味ではないです。ちなみに馬刺しは熊本の郷土料理だそうですよ』
『あれ? あたしは山梨の郷土料理だって聞いたような気がするけど』
『他にも青森県や山形県、福島県など、古くから馬の生産を行っていた地域には馬肉を生で食べる風習があるそうです』
『ほー……あんた、よく知ってんね、そういうこと。馬に興味でもあんの?』
『いえ、まったく』
『だろうと思った……それで? そういう意味じゃないってどういうこと?』
『食用の馬ではないということですね。安平町には競走馬の生産で日本一有名な牧場があるんです』
『日本一? へー、そいつはすごいけど……田舎なんだろ? その安平町って』
『はい。ド田舎です』
『そんなド田舎を舞台にしてどうすんの? 何も盗むもんなくないか。馬ぐらいしか』
『だから馬を盗むんです』
『たかが馬~? そんな価値あんの? 新車くらいじゃないの? 値段的に』
『日本ですと、近代競馬の結晶と呼ばれた馬に五十一億円のシンジケートが結ばれているそうです』
『五十一億!? あたしの年収の何十倍だよ……?』
『たかが馬以下の存在ですね、己己己さんは。犬畜生以下です』
『言っとくけどお前もだからな』
『どうしてわかるんですか? まさか私の明細覗いてるんです?』
『それくらい予想出来るっての。売れてるつってもまだ二年目だしね。あたしとはギャラのベースが違う』
『ですが、歌の方でそれなりにもらってますよ?』
『それはあたしも一緒だってば』
『でも、己己己さんは作詞作曲してないですよね?』
『まぁね。あたしはそういうセンスないって自分でわかってるからさ……って、まさかあんた、作詞作曲自分でやってんの!?』
 
 今日一番の驚愕の声に、

『はい。当然です』

 咏ノ原さんは平然と答えた。全部自分でやってるんだ……今年高校二年生になったばかりなのに。



・ところで

『あんたは本当に多才だね……というか、よくやらしてもらえるな。新人のくせに』
『うちの事務所の社長にお願いしたら二つ返事でしたよ?』
『お前に甘過ぎだろ社長』
『金の卵を産む鶏ですからね』
『もう自分で言うなってツッコむのも面倒くせぇな……んで? 何の話してたんだっけ?』
『北海道はどうだったのかという話です』
「ん? もう一回言ってみ?」
『……? 北海道はどうだったのかという話です』
『おいおい、駄洒落か? 北海【道】は【どう】って』
『自分で仰った言葉じゃないですか。変なキャラ付けをしようとなさるのならぶっ殺しますよ?』
『酷い物言い……お前なぁ、一応先輩だぞ? あたし』
『……そうですねわかりました。ぶっ殺すのはやめて、物故にします』
『大して変わってなくね!?』
 
 噛み合っているようで噛み合っていない二人のトークは一年経っても相変わらずだけど、芸歴が何十年も長い姉御に物怖じしない咏ノ原さんの態度も一年経っても相変わらずだ。一年も業界にいれば少しは丸くなるのではないかと思ったが、咏ノ原さんは何も変わらない。

『北海道はよかったですよ。まだ桜も残っていましたしね』
『もう五月の頭も見えてるってのに? 流石は北国だね』
『ご飯も美味しくて、空気も綺麗でした。次はプライベートで行ってみたいです』
『お、珍しいね。毒舌家の清恵がそんなに褒めるだなんて』
『? 私は毒舌家なんです?』
『いや、あんたは素直ないい子だよ……』

 皮肉っぽく己己己さんが吐き捨てると、

『皆さんによく言われます』

 咏ノ原さんは当然の褒め言葉として受け取る。本当にこの人は危ういくらいに純粋だ。

『いつか刺されそうだな、ほんと……。面白い土産話はないの? 何か事件があったとかさ、そういうの。あったとしてもどうせ大した事件ではないと思うけど、そこら辺膨らませて話してみ?』
『事件ですか? そうですね……あ、窃盗の被害にあったかもしれません。北海道ではなく、こちらの話ですけど』
『窃盗!? ほんとの事件じゃん!』
『まだ窃盗と決まったわけではないですが。私が自分で失くしてしまった可能性もありますし』
『あ、ひったくりとかじゃないんだ……びっくりした』

 ホッとしたように姉御は声を漏らす。絶対に否定するだろうけど、姉御は咏ノ原さんのことを大事にしている。私たち姉御のファンは、二人のことを事務所の先輩後輩という関係ではなく、姉と妹、あるいは母と娘のような微笑ましい関係だと認識していた。姉御、咏ノ原さんのお母さんと同級生だし。

『じゃ、置き引きってこと?』
『……そうなのかもしれません』
『何やられた? 財布?』
『財布……みたいなものです。まぁ、中には何も入っていなかったのですが』
『へー……警察には言ったの?』
『いえ。自分でなくしてしまったのかもしれませんし、大した被害でもないので』
『そっか。確かに、現金とかカードとかを盗られたわけじゃないし、わざわざ警察に行く方が面倒か』
『……それは……そうですね』
『ん? 何かあるの?』
『いえ……そういうわけでは……』
『何その、奥歯に何か引っかかってるみたいな物言いは』
『奥歯ですか? ここに来る前に歯は磨いてきたはずなのですが』
『そういう意味じゃなくて。何か考えごとしてるでしょ? らしくないよ』
『そう言われてしまうと、まるで私がいつも何も考えていないみたいで少し不愉快ですが……気になることがあって』
『気になること?』
『はい』
『取りあえず言ってみたら? 駄目そうな内容だったら編集すればいいし』
『……わかりました』

 いったい何のことだろう。私まで息をのむ。

『大したことではないのですが……』
『大したことじゃないけど?』
『己己己さんが冒頭に仰っていた重大発表はいつになったらするのかなって』
『あ』

 そういえばそうだった。ドッキリのネタばらしもしてないし。