『己己己さん』
『はいよ。どうした?』
『デモが出来上がりました』
『デモ? ……ああ、あれか。企画のやつね』
『はい』

 あれって何だっけ? ああ! あれだ! 歌の企画のやつだ!

『というわけで、今から己己己さんとリスナーのみなさんに全てのデモを聞いていただきたいと思います』
『お、リスナーにも全部聞かせちゃうんだ? 太っ腹だね』
『どの順番でアルバムに入れるかや、どの曲をオープニングに使うか等、皆さんの反応を参考にしたいので』
『なるほどね。つーわけだから、みんな、感想メールを番組にドンドン送っちゃって』
『よろしくお願い致します』

 なるほど。私も送ってみよっかなぁ。

『それでは……五曲、皆さんに聞いていただきます』
『……ん? 五曲?』
『はい』
『四曲のミニアルバムって言ってなかった?』
『はい。その予定なので、五曲のデモの中から四曲を選ぶことになっています』
『ふーん。清恵は何曲作ったの?』
『私は二曲です。プロの作曲家さんたちが二曲です』
『あれ? もう一曲は?』
『デコさんに作っていただきました。スポンサーさんから、やらせてあげてほしいと言われていたので』

 デコさんが……そういえば、この春からスポンサーについた専門学校の学生だっけ。

『なるほどね。いい経験てやつだ。よかったね? デコ』

 姉御が振ると、恐らくブースの外にいるのであろうデコさんの、

『ありがとうございます!』

 感謝の声がマイクなしでも聞こえてきた。確か、デコさんて、音楽系の道に進みたいんだもんね。そりゃ嬉しい。

『それでは、これから連続で五曲お送りいたします。公平を期すため、誰が作曲したかは、全曲終わるまで伏せさせていただきます』
『了解。それでは』
『どーぞ』『どうぞ』

 二人の合図で、音楽の時間が始まる。
 一曲目は四つ打ちのバスが印象的なリズミカルなもの。
 二曲目は打って変わって、しっとりとしたメロディが儚いもの。
 三曲目はいかにもアイドルの曲って感じの、可愛らしいもの。
 四曲目は姉御に似合いそうな、格好いいロックなもの。
 どの曲も私の予想をいい意味で上回り、どの曲も甲乙がつけられなかった。
 この中にデコさんの曲があるのかもしれないってこと? プロの作曲家さんたちの曲に混じって? すご……。

『次が最後の曲になります』
 
 同い年の女の子の才覚に呆然とする私の耳に聞こえてきたのは、これまでの四曲を全て色あせさせるもの。
 どこか懐かしさを感じさせるメロディライン。
 耳馴染みのいい明るい曲調は、まさに声春ラジオを象徴するものだった。

『……いかがでしたか、己己己さん?』
『うーん……あたしは最後のやつが一番よかったかな。明るくてノリの良さそうな曲だし、それに何か耳に残りそうだしね』
『耳に残るというのは大事な要素です。それだけでCDを買ってくれる可能性が上がりますし』

 私も二人と同じ感想。さっきから油断すると鼻歌を歌ってしまいそうになる。ふんふんふーん、て。

『作ったのは誰? まさか清恵?』
『いえ。最後の曲を作ったのはデコさんです』
『へー、デコがねぇ……はぁ!?』

 驚愕の声が耳に響き渡る。姉御と同じくらい驚いている私は、声を出すことすら叶わなかった。
 ……嘘……?

『デ、デコが作ったの!? さっきの!?』
『はい』
『ほんとかよ!? あいつ、天才か?』
『私も同感です。まさか、こんな曲をデコさんが作るだなんて想像していませんでした。……いいですよ、デコさん。そんなに恐縮しないでも』
『そうだよ、清恵の言う通り。恐縮する必要なんてない。あんた、マジでいいもん持ってると思うよ? あたしは歌うの専門だから、曲のことはよくわかんないけど』

 ブースの外からでも、デコさんの恐縮しきった声が聞こえた。姉御と咏ノ原さんに褒められるのは、確かに恐れ多いことだけど、デコさんの作った曲は賞賛にふさわしいものだ。

『デコさんの曲は当確だとして……私の曲を一曲カットするべきですね。プロの作曲家さんの曲を没にするわけにはいきませんし』
『え? いいの?』
『はい。誰の耳でも明かです。私よりデコさんの方が才能に恵まれているというのは』

 落ち込むでもなく。拗ねるでもなく。いつも通り、淡々とした咏ノ原さんの声。

『……なんか意外だな。清恵が他人の才能を素直に認めるだなんて』
『そうですか? 私は良いものは良いと認めているつもりです。己己己さんのことも声優としては尊敬していますし』
『いや、まぁ、そうなんだけどさ、何かプライドが高そうっていうかさ。自分に才能があるって臆面もなく言うし』
『私は全てにおいて、どの程度のことを自分が出来るのか知りたいだけですので。それが偶々ほとんどのことで普通の人よりも優秀だったという、相対的な事実を述べているだけです』
『……ほんとすごいな。色んな意味で』
『それに、今のうちに唾をつけておいた方が、後々大きなコネになりそうです』
『そっちが本命だろそれ……』
『はい』
 
 打算的で素直すぎる発言に呆れ笑い。
 でも、大きなコネになるという発言が最大限の評価であるに違いない。
 というか、咏ノ原さんの曲もあの中にあったんだよね。作曲家さんたちに混ざって……末恐ろしい。