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『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?2』⑰


・放送舞台裏


 加藤さんや福永さんが入ってきて、急遽慌ただしくなった録音ブース。もちろん、誰も逃げられないように、数人のスタッフが外からドアを押さえている。
 それは己己己さんの嘘が嘘だという証拠だ。
「どうしてドッキリだなんて嘘をついたんです?」
「取り返しがつかねーだろ、ああでもしなきゃ。……何か理由があるのかもしれないしさ」
 チラリと己己己さんが俯くデコさんのこと見やる。
 ……甘い考えすぎますね。
 何か理由があったからといって、彼女が盗みを働いたという事実は変わりません。
「……さて、どういうことか説明してもらおうか。デコ」
 俯いて涙を流すデコさんは所々嘔吐きながら、私たちに彼女の理由を教えてくれた。
 端的に言うとこう。
 病に伏した母親に仕送りするお金が欲しかった。
 なかなかバイトが見つからなかっただとか、入院するのにお金が必要だっただとか、デコさんは懺悔をしていたが、私には関係のない話。
「随分と自分勝手な理由ですね」
 思ったことを口にしてから、何を言っているんだろうと我に返る。
 私は何も盗まれていない。なので、私には関係のない話だというのに。
「……悪いけどさ、お金はあげるから小銭入れだけ返してくんないかな」
 そう言って、己己己さんはデコさんに微笑みかけた。
 この人は被害者なのに、何故こんなに柔らかい表情を出来るのだろう。
「この小銭入れさ、こいつから誕生日プレゼントにもらったやつなんだよ」
 デコさんがズボンのポケットから取り出し、己己己さんに渡した小銭入れを私はよく知っている。それは紛れもなく私が銀座のデパートで買った小銭入れだった。
「私もさ、この業界長いから売れない子とか沢山見てきたわけ。だから、あんたの辛さよくわかる。けどさ、他人のもんに手ぇ出しちゃだめだよ。何だかんだ人間関係で成り立ってる職場だしさ」
 今まで気にしたことはなかったけれど、もしかして、私が仕事を得ることで、仕事が何もなくなってしまった人もいたのだろうか……。
 だからといって、私が蹴落としたくて蹴落としているわけではないので、同情はしない。
 しかし、己己己さんの話を聞いて生まれたこの気持ちは何だろう。
 胸を締め付けられるような鈍い痛み。
 己己己さんの財布が盗まれたことによって沸き上がった頭に血が上るような感覚は何だろう。
 ……己己己さんはおかしな人です。
 大人なようで子供っぽいところもあり、物分かりがいいと思ったら我が儘で、怒りっぽいところもあるが我慢強く……端的に言えばよくわからない。
 同級生より眩しく見えるのは大人だからだと思っていた。
 しかし、大人たちでごった返したこのブースの中でも、私は無意識のうちに己己己さんを目で追っている。
「……これは?」
「やるよ。あんたに。くれてやる。けど、別に恵んでやるわけじゃない。あんたに投資するってこと」
 そう言うと、己己己さんは懐から取り出した何枚かのお札をデコさんに渡した。
「大丈夫。あんたは才能あるよ。こんなはした金すぐに稼げるようになる。あたしの耳は確かだからね」
 確かにデコさんに才能があるのは事実です。
 しかし、自分がされたことを水に流してお金を渡すなんて考えられない。私だったら迷うことなく警察に突き出している。
「いつか、もっと金が稼げるようになったら返しにきな。利子は安くしといてあげるからさ」
 渡されたお札を握りしめ泣くデコさんの頭を、己己己さんは犬をあやすかのように荒々しく撫でた。
「……甘いですね。MAXコーヒー並みに甘いです」
 まるで安っぽいテレビドラマのような光景に率直な感想を漏らすと、己己己さんは恥ずかしそうに「うるさい!」と言った。
 ……私は好きですけどね。MAXコーヒー。
「食べるものがなかったら家にきな。一人分増えたところでそう変わんないからさ。なぁ、清恵」
「私がいないときは碌な物が食べれないと思いますけどね」
 己己己さんは目玉焼きも作れない。何故かスクランブルエッグになってしまう。
 全く……作るのは私だというのに、勝手なことを。
 私の声を聞いて、何故かデコさんは雨に打たれる捨て犬のような、憐れみに溢れた視線を私に向けた。
「……勘違いしないでください。私はあなたには何も盗まれていないので、あなたが仕事で成功しようが、盗人として成功しようが興味はありません」
 そう、興味はない。
「……ですが、己己己さんにここまでしてもらうんです、もし己己己さんの名前に傷をつけるような真似をしたら承知はしません」
 私を見つめるデコさんに警告をしてから、またも自分の言っていることのおかしさに気づく。
 自分は関係ないと言っておきながら、何故警告をしているのだろう。
「それと、このスタジオにいるスタッフの皆さん。今回の盗難騒動については他言無用でお願い致します。回り回って己己己さんの責任問題になりかねないので。もし、週刊誌へのリーク、及び、業界内に噂話が流れるのを確認しましたら、ただでは済ませません。事務所の力で」
 またも口から勝手に言葉が出て行く。
 何で私は……。
 己己己さんのこととなると、ときに私は私の行動を説明出来なくなる。
 本当に理解出来ない。私に損得はないというのに。
 しかし。
 その理解の出来なさが心地よくもあった。
「さて、これで一件落着か。そろそろCM明けだしな」 
「いえ……まだ終わってません」
 そして、そんな己己己さんに言いたい言葉がある。
「は? え、何、どういうこと?」
「犯人は一人じゃないということです」
 私の声でまたもざわめき始める録音スタジオ。
「自分は知らないッス! ほんとッス! 自分の単独犯ッス!」
 デコさんが驚くのも無理はない。彼女は正真正銘の単独犯なのだ。
 疑心暗鬼な視線を周囲から受けながら、私は真っ直ぐに己己己さんと目を合わせ、手に持った小銭入れを指差した。
「己己己さん……その小銭入れは己己己さんへのプレゼントではありません。それはお母さんへの誕生日プレゼントです」
「え!?」
 静まりかえった室内に己己己さんの驚きが木霊する。
 私が北海道へイベントに行っている間になくなったものは、しっかりと己己己さんの手に握られていた。
「で、でも、あたしの誕生日にあたしんちのソファーに置いてあったし!」
 ああ、なるほど。己己己さんは自分の誕生日プレゼントだと勘違いしていたんですね。
「それはお母さんの誕生日が来る前に見つかってしまうのが嫌だったので、置かせていただいていただけです」
 それなのに、私からのプレゼントだと勘違いして。
 大切にしているだなんて。
 ……馬鹿ですね。
 プレゼントを盗んだ犯人と相対しているというのに、何故か私の胸は不思議な充足感で満たされていった。
「さて、警察に電話しましょう。私は糖分過多な己己己さんと違ってブラックなので」
「ブラックジョークにしても笑えない……って、ちょっと待て!? あんた、さっきあたしの名前に傷をつけるなって言ってなかった!?」
「傷はつかないのでは? むしろパトカーに乗るなんて箔がつきそうですが」
「おまけに前科もな……って、馬鹿か!? 笑えないから!」
「大丈夫です。頑張って不起訴になれば前科はつきません」
「そんなところで頑張りたくない……」
 がっくりとうなだれる己己己さんを見て、私はいつの間にか微笑んでいた。
 ……犯人に微笑みかけるだなんて、私も己己己さんと同じくMAXコーヒーですね。