そんなこんなで始まった握手会。
私の番は握手会が始まってから一時間ほどでやってきた。って言うと、そんなに待たされたの?って思う人もいるかもしれない。だけど、とってもとってもとっても緊張していた私にとっては本当にあっという間で、後ろを振り返って、自分の順番を待つ参加者の行列を見ると、これいつ終わるんだろう……?と不安になってしまう。……私は関係者でも何でもないんだけど
「……ちょっと」
ステージの下に広がる人の海を眺めていると、背後から言葉の冷たいトゲがチクリと刺さった。
「何をしているのかしら。あなたの番だというのに」
チクチクと刺さるトゲ。「あなたの番」という言葉で自分が何故ここにいるのかを思い出し、慌てて振り向く。長机を挟んだ私の正面には、仏頂面の佐原さんがいた。
「別にいいわ。どうせ私が目当てで来たわけではないんでしょう」
「そ、そんなんじゃ……」
言い訳を試みるも、佐原さんの冷たい威圧感に気圧されて言葉が喉を通らない。うぅ、まさか年下の女の子にビビらされるなんて……。でも、佐原さんて本当に色々大人びてるよなぁ。顔つきもそうだけど、体つきなんて大人びてるというか大人顔負けって感じだし。……主に胸が。
「……ちょっと。そんなに胸ばかり見ないでくれる?」
「あ、ごごごごめんなさい!」
「まったく。鼻の下が伸びているわよ? 同じ女性だというのに馬鹿みたい……」
グサッ。やれやれと呆れるように零れたため息がトゲとなって私の胸に突き刺さる。しょ、しょうがないじゃん! こんなに大きい胸、誰だって見るに決まってるもん!
でも、ちょっと同情もしてしまう。僅かに疲れの見える表情から察するに、これまでの参加者にも同じように胸を眺められてきたのだろう。一時間以上も。最初は気恥ずかしさもあったかもしれないけど、今では恥ずかしさよりも呆れの方が強くなってしまうほどに。
「……ほら」
素っ気なく右手を差し出す佐原さん。それは握手をする為の手。何だか事務的な動作に申し訳なさが少しこみあげてくる。多分、これは佐原さんにとって声優として行う初めての握手会だ。記念すべき初めての。それなのに不快な思いをさせてしまうなんて……。握手してもらう側の私がこんなこと願うのは欲張りだってわかるけど、佐原さんにも握手会を楽しんで欲しかった。
一体どんな言葉をかければいいのだろうか。応援してますとか? 可愛いですねとか? ……ダメだ。多分、この一時間だけで飽きるほど言われてるだろうし、この後も言われ続けるに決まってるよね。
「……? 握手しないの?」
「し、します。させて下さい!」
怪訝そうな冷たい瞳で見つめられてしまい、かける言葉も見つからないまま慌てて佐原さんへ右手を差し出す。すると、佐原さんは右手で私の右手を握り、空いている左手を私の右手の甲に重ね、両手で包み込むように握手してくれた。
……あ。
「あ、あの……」
「何かしら?」
「さ、佐原さんの手って暖かいんですね」
何となく冷たそうって思っていた佐原さんの小さな手が、思いの外、どころか、しっかりと暖かかったことが以外で、特に深い考えもなしに口にすると、
「な、な、な、何馬鹿なこと言ってるのよ!?」
彼女の綺麗な顔は耳から唇まで真っ赤になった。それこそ茹で蛸のように。丸く見開かれた目は涙で潤んでいるようにも見える。暖かいと感じたその手は熱いと感じるほどに火照り始めていた。
……おかしいな。私、変なこと何も言ってないような……。
どうして佐原さんが恥ずかしがっているのかはわからないけど、
「……わかったわ。あなた、私をからかっているのね」
そう言って真っ赤な顔をムッとさせる佐原さんの可愛らしい姿を見ると、それだけで今日の握手会に来てよかったとさえ思えた。
ラジオでわかってたけどさ、やっぱり恥ずかしがる佐原さんは可愛いなぁ。