十千しゃなお 電子書籍 オススメ

電子書籍。その中でも素人さんの作品を紹介するサイト。だったはずが最近は全く紹介出来ていないサイト

カテゴリ: とのラジ!?連載

前回分にはこちらから。

『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』①
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』②
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』③
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』④
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』⑤
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』⑥
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』⑦


・ スペシャルウィークに向けて② 
 社長に見られているという環境に慣れたのか、少しずつ姉御の調子はいつものものに戻っていった。

『清恵さ、知ってた?』
『何でしょう?』
『再来週、スペシャルウィークなんだってさ』
『スペ……? ……ゴールデンウィークのお仲間ですか?』
『違う違う。確かにこの間シルバーウィークってのがあったけど。スペシャルウィークっていうのは、聴取率週間のこと』
『ああ、そのことですか。確かふた月に一回くらいやってますよね』
『そ。でね、再来週は開局してからちょうど四十年てことで、局を上げて大々的にやるんだってさ』

 あー、そういえばこの番組始まる前にもCMで流れてたような。開局四十周年が云々とか。豪華プレゼントや豪華ゲストが云々とか。うろ覚えだけど。

『番組同士で競い合わせて、順位によっては私たちにも景品が出るらしいんだけど、どうせやるなら一番目指したくない? 少なくとも、アニメとか声優関連のラジオの中では』
『悪くないですね。自分たちの限界を知るという意味でも、よい機会だと思います』
『でしょ? なら決まりだ』

 生来の負けず嫌いである姉御の提案を、咏ノ原さんが二つ返事で承諾する。何事においても、自分がどの程度出来るのか知りたがっている咏ノ原さんにとって、これはまたとない機会なのかもしれない。

『他の番組は色々企画やるらしんだけど、あたしらはどうする?』
『別に特別なことはしなくてもいいのでは?』
『普段からアニラジの中では聴取率一番だしね。でもさ、それで負けたらダサくない……? 慢心て感じでさ』
『負けないので問題ありません』

 いつも通り淡々とした発言だが、それが王者としての自信を感じさせる。番組が始まって最初の聴取率調査で一位になって以来、声春ラジオはアニメ関連のラジオの中でトップの聴取率を叩き出し続けていた。

『ほんと、強気だねあんたは。けど、自分たちの限界を知るっていうんなら、何かしらの企画をしてみた方がよくない?』
『……確かに一理ありますね。普段通りにやってどれくらいの方に聞いてもらえるかは、もう大体わかっているので』
『だろ? というわけで、今から企画考えるよ? 早めに告知しといた方が絶対いいしね』

 こうして、二人の企画会議垂れ流し放送が始まる。

『企画……。リスナーの方に考えてもらうのはいかがでしょうか?』
『メールで?』
『はい』
『んー……ありっちゃありだけど、やめた方がよくない?』
『何故です?』
『だってさ、この番組始まってからずっとコーナーの募集してるけど、未だにフリートークしかないじゃん』
『……? 募集してましたっけ?』
『ほら、もうそういうレベルじゃん』

 そう。姉御の言う通り、この番組ではリスナーからコーナーの募集をし続けていた。
 しかし、一リスナーとして言い訳をさせて欲しい。コーナーがいつまで経っても決まらないのは、姉御や咏ノ原さんの審査が厳し過ぎるという理由が大きいのだ。勿論リスナー側にも原因はあるんだけどさ……。

『リスナーに頼るのはやめるとして。……企画ねぇ……』
『企画……。……その日しか聞けない話をするというのは、いかがでしょうか?』
『その日しか聞けない話?』
『はい。やはり、普段聞いていない方にも聞いてもらうとなると、プレミア感を出した方がよいのではないかと』
『なるほどね。確かに』

 そう言って感心を示しつつ、姉御はその日しか聞けない話について頭を悩ませる。

『んー……じゃあさ、自分の中で二番目に衝撃的なことを話すってどう?』
『衝撃的な……?』
『衝撃的っていうか、何だろ、秘密っていうか……人が聞いたら驚くような自分のエピソードっていうか』
『二番目なんです?』
『そ。一番目はほら、やっぱり言えないでしょ。なかなか。だから、二番目』
『なるほど』

 咏ノ原さんは簡単に納得したみたいだが、果たしてそれでいいのだろうか。二番目も相当話しづらいような気がするのだけど……。

『……あ、でも、あれか。実際どれくらいすごい話なのか、わかんないのか当日まで。それはちょっとあれだね。あんまり引きとしては強くないか』

 言われてみればそうだ。いざ蓋を開けてみれば大した話ではないという可能性もなくはない。

『では、実際に今、話してみたらいかがでしょうか?』
『え? 今? 今二番目を話しちゃったら、再来週何話すの?』
『ですから、今日は四番目と三番目を話すんです。それなら、自ずと二番目の話がどれくらいのレベルなのか、リスナーの方たちも推し量ることが出来ますし』
『あー、なるほどね』

 姉御も咏ノ原さんの提案に簡単に納得してしまう。この二人には秘密を話すことの抵抗はないのだろうか……? 

『四番目と三番目……。清恵さ、試しに先言ってみて』
『私ですか? わかりました。では、四番目からいきますね』
『あれね? 結構大事だからね、これ』
『心得ています。四番目……いきますよ?』
『おう』
『私、咏ノ原清恵は、』
『清恵は?』
『現在、』
『現在?』

 僅かに溜を作り、咏ノ原さんが話してくれた四番目の秘密は、

『コンビニでアルバイトをしています』

 なんとも反応のしづらいものだった。

『え……? コンビニで……?』
『はい。アルバイトです』

 耳を疑うように尋ねる姉御に、咏ノ原さんは淡々と答える。

『……いや、アルバイトしてる声優の子は別に珍しくもないけどさ。でもさ、清恵はさ、売れてる方じゃんだって』
『売れている方、ではなく、若手で最も売れています』
『でしょ?』

 自分で言っちゃうのもすごいけど、姉御ももうそれにツッコんだりはしない。もはや公然の事実だった。

『歌の方も売れてるみたいだし、何曲か作詞作曲もしてるんでしょ? なら、ぶっちゃけかなりもらってるっしょ?』
『大体、○(ピー)万円くらいですね』
『だから具体的な数字は言うなっての!』

 流石に不味かったのかこの番組にしては珍しく編集音(ピー)が入る。しかし、それが余計に生々しかったりで。一体いくらくらいもらってるんだろう……。というか、絶対アルバイトする必要ないくらいもらってるよね。

『別にお金が欲しくてアルバイトしているわけではありませんので』
『何その意識高いセリフ……。まさか「アルバイトを通じて社会貢献をしたいと思ったので」みたいな、よく履歴書の志望動機欄に書いてある嘘くさいこと言わないよね?』
『何ですかそれは……?』

 意味不明とばかりに漏らす咏ノ原さん。まさしく私も履歴書にそう書いていたので胸が痛い。

『私がコンビニでアルバイトを始めたのは、役作りの為です』
『役作り? それもそれで意識高いけど、清恵らしいっちゃ清恵らしいか……。何、来期のアニメとか?』
『そうです』
『ふーん。あれか、コンビニでアルバイトしてる女子高生キャラ的な?』
『はい。コンビニでアルバイトをしている売れっ子新人声優女子高生という設定です』
『ピンポイント過ぎんだろ!?』

 コンビニでアルバイトするだけで完全に状況再現出来るのなら、そりゃあアルバイトしてもおかしくは……いや、おかしいけど。

『なるほどねぇ……。設定がものすごいドンピシャなのも含めると、確かに衝撃的かもなぁ……』
『これが四番目です』
『……ちなみに三番目に秘密なことはなんなの?』
『三番目ですか?』
『そう、三番目』
『三番目は……』
『三番目は……?』

 僅かに溜を作るような話し方に思わず息をのむ。さっきのが四番目だとしたら、三番目は一体……。

『……三番目は何なの?』
『三番目は……アルバイトしていることを事務所に話していないということですね』
『だろうね。さっきからブースの外が大騒ぎになってるもん……』

 姉御の言う通り、咏ノ原さんがアルバイトをしていると発言してからというもの、ブース外の喧噪がマイクに入り続けていた。
 ……マネージャーさん、社長さん、ついでに姉御。ご苦労様です。


・告知


 私の大好きな時間もいつまでもは続かない。

『さて、そろそろ時間かな?』
『そうですね。大体一時間半くらいは録っていると思うので、カットされる部分を考慮しても、もう十分かと』
『ね。じゃあ、終わらせるよ? [わたしと! あなたの? 声春ラジオ!?]、ここまでのお相手は、』
『あ、ちょっと待ってください』
『ん? どうした?』
『告知、しなくていいんです?』
『告知? 何かあったっけ?』
『あれですよ、あれ』
『あれ……? あー! はいはい。あれね? あたしと清恵が共演する奴ね』
『……? そっちの話ですか?』
『え? そっちってどっちよ?』
『そっちはそっちです。あっちでもこっちでもありません』
『はぁ? ……ちょっと訳わかんなくなってきたから、先こっち告知していい?』
『どうぞ。私は構いません』

 淡々と咏ノ原さんが譲る。何だろう、そんなにいっぱい告知があるのかな? リスナーとしては嬉しいけれど。

『えーとね、多分、放送日的に今日発表されてると思うんだけど、[虚(ウツ)ロ、陽(ヒ)ノ下(モト)ニ咲(サ)ク]って映画に、あたしと清恵が、咲(さく)来(らい)百(もも)花(か)役と浮(うき)雲(ぐも)の方(かた)役として出演します』
『当然ですが、アニメーション作品です』
『そ。で、まぁ、原作ものじゃなくて、オリジナルなんだけど……清恵、もう脚本読んだ?』
『既に暗記しています』
『相変わらず鬼のように早いな……』

 あー、そういえばそうだ。咏ノ原さんは渡された台本を速攻で暗記する人だった。それも自分以外の役も全て。いつ代役が回ってきても完璧にこなせるようにという虎視眈々過ぎる理由で。

『……で、どうだった?』
『悪い脚本ではないと思いますよ』
『悪い脚本ではないって……あんた、口には気をつけなって。今からキャスト変更とか、まだ全然ありえるからね。まだ何にも録ってないし』
『そうなると、私のバーターである己己己さんも降板ですね』
『誰がバーターだ、コラ』

 二人とも人気だからバーターってことは流石に……。

『まぁ、情報はこれからどんどん公式の方で出てくると思うんで、というか、正直あたしもどこまで言っていいのか全然わかってないんで、そっちのね、チェックの方よろしくお願いします』
『よろしくお願い致します』
『さて、こっちの告知は終わったわけだけど、清恵。そっちの告知ってのは? もしかして、またCD出すとかそういう奴?』
『いえ。この番組の話です』
『この番組の……?』
『忘れてしまったんです? 来週の話ですよ?』
『来週? あれ? 何かあったっけ? ……マジでわからん。何があるの?』
『ないです』
『は?』
『ありません。ないです』
『……どういうこと? 何かあるんじゃないの?』
『ですから、あるんじゃなくて、ないんです』
『ないの?』
『ないです』
『だったら、告知する必要なくない?』
『はい? 何言ってるんです? ないということを伝えておかないと、困惑する方が出てくるかもしれないじゃないですか』
『はぁ?』

 あるないあるないあるない。二人のまったく噛み合うことのない会話。咏ノ原さんの気遣いは嬉しいけれど、既に私は完全に困惑していた。ないの? あるの? というか何が!?

『……何があるのほんとに』
『ないです』
『じゃなくて。あー、もう。えーと……じゃあさ、何がないの?』
『この番組がです』
『この番組が……?』
『はい』
『……あー! もしかして、来週休みって話?』
『はい。局の設備点検があるそうなので』
『そうだったそうだった! すっかり忘れてたわ』

 えー……。来週休みなんだ。ちょっとショック。一体私は何を楽しみに日常を過ごせばいいというのか。

『ってことは、来週の収録もないの?』
『ないです』
『やった! じゃあ、その日丸々オフじゃん!』

 灰色な日々を思い浮かべ憂鬱になる私とは違い、姉御は嬉しそうに声を弾ませる。そんなに毎日忙しいのかな……? ファンとしては姉御の声を聞きたい反面、身体を大事にして欲しいので、複雑な気持ちなる。

『……清恵は? 学校だけ?』
『放課後にボイストレーニングとダンス教室がありますが、そのあとはオフですね』
『なに、あんた今度はダンス教室なんて始めたの?』
『はい。ライブの質をよりよいものにする為に、ダンスは看過することの出来ない要素ですので』
『はー。ほんと、あんたは努力家というか貪欲というか……』

 私も姉御と同じように呆れてしまう。というか、学校があってボイストレーニングがあってダンス教室まであるのに、オフっていうのは頭がおかしいのでは? つまり、普段はもっと忙しいってこと……? 咏ノ原さんも無理し過ぎないで欲しいなぁ。

『まぁ、いいや。それ、何時くらいに終わるのさ?』
『八時……くらいです』
『八時か……。じゃあさ、そのあと家来る?』
『己己己さんの家ですか……?』
『そ。車出すからさ』
『……私、次の日学校ですよ?』
『いやいや、何で泊まる前提なんだよ?』
『だって、いつもそうじゃないですか』
『ま、まぁ、そりゃあそうだけど……。でも、いいじゃん。朝、車出すよ?』
『……ですが、己己己さん、なかなか寝かせてくれないじゃないですか』
『はぁ!? ちょ、やめろよ! そ、その言い方だと、何かいかがわしく聞こえるだろ!』
『……? 未成年に遅くまで酌をさせることは、充分いかがわしいのでは?』

 そういえば何かの雑誌に書いてあったような気がする。姉御は絡み酒タイプだって。そりゃあ咏ノ原さんからしてみればいい迷惑だろう。次の日学校だし。おまけに自分は未成年だから飲めないし。

『とりあえず、予定はこの収録を終わらせてから考えればよいのでは?』
『……そうすっか。これからみんなでご飯行くことになってるしね』
『では、終わらせましょう』

 淡々とした咏ノ原さんの声の向こう。微かな音量でエンディング用の曲が流れ始める。姉御と咏ノ原さんが歌う曲で、エンディングに相応しいしっとりとした歌声が、侘しさや寂しさを感じさせた。
 あー、もう終わりかぁ……。

『番組では皆さんからのメールを募集しております』
『次は再来週だから、みんな覚えといてね? ここまでのお相手は己己己己己己己と』
『重大発表がありますので、皆さんお聞き逃しのないようにお願い致します。咏ノ原清恵でした』
『え、ちょっ? 重大発表……?』
『あれ? 己己己さん、知らないんです?』
『うん』
『おかしいですね。確かマネージャーの青木さんから話があったはずですが』
『ほんと? ……まぁ、いっか。あとで、ね』
『そうですね。再来週になれば己己己さんもわかると思うので』
『このあと教えてくんないの!?』
『このあとは来週の予定を決めるのでは?』
『い、いや、それはそうだけどさ。でも、別にそのときに教えてくれれば、』
『そんなことよりも、まだ最後の一言言ってないですよ?』
『そんなこと……? あんた、さっき重大発表って言ってなかった?』
『私、このあと、ダンス教室の入会手続きがあるので早くしてもらっていいです?』
『今日からかよ!?』

 BGMにそぐわないドタバタ劇。二人の会話を聞いていると、寂しい気持ちなんてどっかに行って、私は一人、ヘッドホンをつけたままクスクスと笑っていた。

『……ったく。ここまでのお相手は己己己己己己己と』
『咏ノ原清恵でした』
『再来週もあなたに声をお届けします』『再来週もあなたに声をお届けします』

 これまでの喧噪は何だったのか。二人の声がぴったりと重なる。
「……やっぱり、決めるところはちゃんと決めるんだよねぇ」
 声春ラジオ定番の挨拶を耳にし、椅子に座ったまま大きく両腕を上げ背筋を伸ばすと、固くなっていた腰がほぐれ、なんとも言えない気持ちよさがあった。
 重大発表って何なんだろう? アニメの話かな? CDとか? それとも声春ラジオのイベント?
 色々想像するだけでワクワクするけど、多分私が考えていることは全部外れだ。だって、私が大好きなラジオはいつも私の予想を超えてくれるから。
「……うん。再来週まで頑張んなきゃ!」
 再来週の今へと思いを馳せながら。
 私は大好きな時間にもらった元気を握りしめ、日常へと戻るのだった。


――――――――――――――――――――――――――



四巻へ続きます。 


 ある日の声春ラジオは緊張を感じさせる姉御の声で始まった。

『……えー、今週も始まったね。声春ラジオ。パーソナリティの己己己己己己己です……』
『同じくパーソナリティの咏ノ原清恵です。どうしたんです、己己己さん? 何やら緊張してらっしゃるようですが』

 咏ノ原さんの言うように、姉御の声はいつもより固く感じられた。慎重に言葉を選んでいるというかなんというか……とにかく、このラジオには似つかない雰囲気だった。

『いや、だってさ……えー、まぁ、とりあえずリスナーの人わかんないと思うから説明するけど、今日ね、ちょっといつもと違うところがあるんだよね。ちょっとっていうか、かなりなんだけど』
『そうですね。ブースの外の景色はいつもと違って見えます』
『ブースの外は、いつもプロデューサーさんとかミキサーさんとか、そういう番組スタッフがいるのね。あとはうちのマネージャーの青木とか。……なんだけど、今日は何故かいつもいない人がいて……』
『いらっしゃいますね』
『そう。まぁ、あの、事務所の社長なんだけども……』
『珍しいですよね。この番組の収録中に会うのは初めてかもしれません』

 へー、社長いるんだ、今日。通りで姉御は固くなっているわけだ。ちょくちょくこのラジオでも社長の名前が出たことはあるが、その度に姉御は萎縮していた。……もしかしたら、姉御たちの事務所の社長は怖い人なのかな……? 対照的に、咏ノ原さんはいつも通り淡々としてるけど。

『というわけで、ね。あたしは今、すっごい緊張してます。何でなの? マジで。今日、もしかして何かあんの?』
『もしかしたら、見に来たのかもしれませんね』
『え? 何を?』
『己己己さんがちゃんとまじめにやっているのかどうかです』
『あたしなの!? あんたじゃなくて!?』
『私は大丈夫です』
『何が!? どういうこと!? ちょっ、ねぇ!?』

 咏ノ原さんの振りに姉御は動揺を隠せない。どうやら相当社長に怯えているようだ。

『冗談は置いておくとして、社長さんはたまたま近くで用があったので、ついでに寄ってみたと言っていましたよ』
『マジで? ……あー、よかった。いや、別にやましいことなんか全然ないんだけど。ほんと、全然』

 と強がりながらも、姉御が安堵のため息を漏らすのを収録用マイクは逃さない。こんなにもビビる姉御を見るのは初めてかも。姉御には申し訳ないけど、少しだけ得をしたような気分になる。

『……それにしてもさ、清恵さ、緊張しないわけ? 社長いて』
『特にしませんね。社長さんには可愛くしていただいているので』
『あー、まぁ、確かに。何か仲いいよね、あんた。……でも、あんまりそういう、可愛がってもらってるとか言わない方がいいかもね』
『……? 何でですか?』
『いや、だってさ……いるんだよ、ほら。下衆な勘ぐりする奴が』
『下衆な……?』

 皆目見当もつかないかのように、唇からクエッションマークを漏らす。きっと咏ノ原さんは不思議そうに小首をかしげているに違いない。

『そう。なんつーの? いわゆる……枕営業ってやつ? 愛人枠とかさ。そういうこと言ってくる心ない奴もいるわけ』
『愛人……? 誰が愛人なんです?』
『いや、あんたが』
『誰のです?』
『社長の』
『……? そんなことありえませんね』

 淡々と。怒るでも悲しむでもなく、何の感情も見せずに切り捨てる。

『うん。その通り。ありえないよ? 実際は全然何にもない。全くない。けど、それでも言ってくる奴はいるわけ。愉快犯ていうのかねぇ』
『理解しかねますね。確かに、社長さんは素敵な方だとは思いますが』
『ね。ダンディでね。ナイスミドルって感じ? でも、それとこれとは別だよね』
『はい。それに、カブト虫みたいな顔の男性はあまり好みではないので』
『おいぃ!? カブト虫って、あんたさぁ……』
『こう、鼻が長くて、こう、』
『いや、説明を求めてるわけじゃなくて! いくら仲いいからって、言っていいことと悪いことってあるだろ』
『悪くなくないです? カブト虫。かっこいいじゃないですか。昆虫の王ですよ? ちなみに私はクワガタ派ですが』
『はぁ……? ま、確かにカブト虫自体はかっこいいかもしれないけどさ……。けど、だからって自分の顔をカブト虫に例えられるのは嫌でしょ』
『そうですか? でも、綺麗な女性のことを蝶に例えたりしません?』
『いや、それはそうだけど……でも、あれは顔を蝶に例えてるわけではないでしょ』
『……確かにそうかもしれません』

 咏ノ原さんが素直に反論を受け入れるだなんて、珍しいこともあるもんだ。いつも淡々と自分の正当性を主張する人なのに。

『でしょ? だから、流石に社長も怒るよ? いくら仲いいからって、カブト虫みたいな顔って言われたらさ』
『大丈夫です』
『だから何が!?』
『もし社長さんが怒ったとしても、怒られるのは多分己己己さんなので私は大丈夫です』
『わかってんならやめてくれない!?』

 声を荒げながら懇願する。姉御の気苦労は絶えなかった。


前回分にはこちらから。

『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』①
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』②
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』③
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』④
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』⑤


・ドーナツ
 意外な一面についての話は続く。

『……清恵から見て、何かある? あたし。意外な一面』
『己己己さんの意外な一面……』
『あれね、面白くなかったらステッカーなしね』
『……なるほど』

 そう言って軽く押し黙る咏ノ原さん。自分の話が面白くなかったら、リスナーへのステッカープレゼントがなくなってしまう。咏ノ原さんのことなので、そんなことに責任感は感じてなさそうだけど。多分、姉御の行いを色々と頭の中で思い出しているのだろう。
 姉御の意外な一面……。何かあるかなぁ。

『……あ』

 私も姉御の意外な一面について考えていると、咏ノ原さんは何か気づいたのか声を漏らし、微笑ましそうにクスクスと笑った。

『何々? 何、急に笑ってんの?』
『いえ……意外と可愛らしい人だなと思いまして』
『はぁ!? え、何、意味わかんないんだけど』

 不意を突かれ、困惑する姉御。姉御は綺麗な人だけど、確かに可愛らしさとは無縁な人な気がする。

『今日、お昼ご一緒したじゃないですか。ドーナツを』
『うん。……って、ドーナツ食べたから可愛らしいとか言わないよな?』
『違いますよ。そこのドーナツ屋さんはかなり評判のお店で、バイキング形式じゃなくて、注文したものを店員さんに取っていただくのですが……己己己さん、何を頼んだか覚えてますか?』

 何を頼んだかが大事なのかな? ……話は一体何処に辿り着くのだろう。

『えーと……確か……オールド、』
『オールドパッションオールドパッション言ってましたけど、あれ、オールドファッションですからね?』
『え……?』

 目が点になっていそうな、素っ頓狂な声が上がる。
 ……オールドファッションて、あれだよね。ちょっと割れ目の入っているサクッとした奴。最近では何処のコンビニでも売ってて、私も見かけるとついつい買っちゃうんだよねぇ。まさか姉御、あんな有名なものをずっと間違えて……。

『う、嘘でしょ?』
『嘘をついてどうするんですか。伝統的なスタイルのものだからオールドファッションて言うんですよ』
『……だから、あのとき清恵も店員さんもクスクス笑ってたのか』
『はい』
『あんたさぁ……』

 笑ってないでそのときに教えてくれよとばかりにため息をつく姉御。
 だが、咏ノ原さんの話はここで終わらなかった。

『……ちなみにフレンチクーラーじゃなくてフレンチクルーラーですからね?』
『まじで!?』

 あ、姉御……。

前回分にはこちらから。

『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』①
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』②
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』③
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』④


・贅沢
 ある日の声春ラジオ。

『清恵ー。メール』
『また私です? ……わかりました』

 いつも自分ばかりメールを読まされていることに釈然としないながらも、了承する。このラジオが始まって以来、ほとんど咏ノ原さんがメールを読んでいるが、どうやら本人的には納得がいっていないらしい。

『もち、……もちち。……えーと、もちもちちさん、ですね。もちもちちさんからのメールです。己己己さん、清恵さんこんばんは』
『あい、こんばんは』
『この声春ラジオが始まってから一年と半年ほど経ちました。お二人は公私ともに仲がいいそうですが、これまで付き合ってきてわかった意外な一面て何かありますか? ステッカー希望……とのことです』
『なるほど……何か無難だな』
『ステッカーはどうします?』
『んー……話題終わってからかな』

 ステッカーというのはこの番組のオリジナルステッカーのことで、ようやく最近になってから作った初の番組グッズだった。メールを採用されたからといって、必ずステッカーがもらえるわけではなく、全ては姉御と咏ノ原さんの気分次第。ステッカーを作ってから一ヶ月が経つが、まだステッカーを手にしたリスナーはいない。私も頑張ってメールを送ってるんだけどなぁ……。

『お互いの意外な一面か……』
『ありますか?』
『そうだなぁ……清恵ってさ、あれじゃん? 真面目で冷めた感じじゃん? クールっていうか』
『そうですか? 自分のことなのでよくわかりませんが……』

 わかるわかる。達観しているというか、客観的というか。無機質というか、常にニュートラルというか。

『多分リスナーのみんなもクールで合理的だって清恵のこと思ってると思うんだけど……実はね、意外と無駄なことが好き』
『……確かにそうかもしれませんね。意外かはわかりませんが』

 それはちょっと意外だ。自分に利がないことなら、例え目上の人からの命令でも「何で私がそんな無駄なことをしなければならないんですか?」って言っちゃいそうなイメージなのに。

『この間なんだけど、清恵が泊まりに来てたときね。その日は一日オフだったから、お昼ぐらいまで寝てよっかなって考えてたんだけど、何か物音が聞こえてきたのね。お昼前だから、だいたい十時くらいかな』
『物音……? 何かありましたっけ?』

 惚けるでもなく、本当に思い当たることがないかのような素直な声。というか、泊まりに来たとか言っちゃっていいんだ。姉御、年が離れてて恥ずかしいからって、咏ノ原さんとのプライベートを昔は話したがらなかったのに。

『あったよ。カチャカチャカチャカチャ、カチャカチャカチャカチャ。一定のリズムでさ。で、寝室に清恵の姿も見えないから、とりあえず音がするリビングの方に行ってみたわけ。そしたらさ、この子何してたと思う?』

 何だろう……咏ノ原さん綺麗好きっぽいし、掃除とか食器洗いとかかな。
 なんて、何となく考えていると、

『延々サイコロ転がしてんの! しかも朝の六時からとか言ってんだよ? やばくない?』

 信じらんないでしょ?と姉御は私たちリスナーに訴えかけた。
 ……サイ、コロ?
 サイコロって、あのサイコロだよね……? あまりに突拍子のないことなので、ちょっと理解が追いつかないというか、笑うことも出来ずにポカンとしてしまう。

『ああ、あれですか。あれは、己己己さんの家にあるサイコロの出目にどのような偏りがあるのか調べていただけです』
『だけです、って……いやいや、おかしいでしょ』
『何がです? ああ見えてサイコロには一つ一つ僅かな違いがあるんですよ? 本当に僅かなものですが』
『いや、そういう話じゃなくて』
『はい?』
『どう考えても時間の無駄でしょ。そんなの調べたってさ』
『はい』

 その通りですが何か問題でもあるんですか? そう言わんばかりに答える。

『時間を無駄にするのって、贅沢だと思いませんか? 時間を惜しみなく使っているというか』
『……財布の中に入っている小銭で塔を作るのも?』
『はい。小銭で塔を作っても、得をすることは何もありません。ですが、そういう風に時間を贅沢に使うのって素敵だと思うんです』
『せっかくの休みなのにもったいなくない? あんたの場合、仕事だけじゃなくて学校も行ってるんだし』
『せっかくの休みだからですよ。それに私は時間を無駄にすることで癒やされているつもりです』
『はー……。わかるようなわからないような……。これがさとり世代ってやつ?』

 姉御に同感。時間の使い方は人それぞれだと思うけど、私だったら絶対に勿体ないって思っちゃうかなぁ。
 これがジェネレーションギャップ……いや、咏ノ原さんが特殊なだけな気も……。このラジオを聞き始めてから咏ノ原さんのことも追っかけているが、未だによくわからない子だなって思う。

『けどさー、今度からはあたしが起きてからやってよ。何か気になっちゃうからさ』
『己己己さんが起きてから……? 嫌です』
『は? 何でよ?』
『何でせっかく己己己さんが起きているのに、そんな無駄なことをしなければならないんですか』
『あんた、無駄なことをして癒やされてるって言ってなかった……?』

 つい先ほどの発言はなんだったのか。もしかしたら、姉御と過ごす方が贅沢な時間の使い方ってことなのかな? 
 ……本当にこの人はよくわからない。

前回分にはこちらから。

『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』①
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』②
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』③


・裏名義②


 裏名義についての話は続いた。

『……で、結局教えてくれなかったから、あたしに聞いたと』
『はい。おそらく私の仕事に関係のある言葉だと思ったので。それならば同業者である己己己さんが適任かと』
『なるほどねぇ……。うーん……裏名義か……』
『……? どうしたんです? 渋い顔をして』

 ラジオなので姉御がどういう表情をしているのかはわからないけど、言い淀むような声色から察するに、姉御の表情は咏ノ原さんの言う通りのもののように思える。

『いや、いいのかなって思って。こんな公共の電波で話しちゃって』
『ダメなんですか? 何か違法なものなのでしょうか?』
『違法ってわけではないんだけど……。んー、清恵はさ、何だと思う? 裏名義って』
『……所謂、厨二病的な感じですか? 二つ名のような』
『あー、違うわ』
『惜しいです?』
『掠ってすらないな』
『……残念です。格好いいのに』
『残念……残念なの……!?』

 消え入りそうな嘆きの声を漏らす咏ノ原さん。もしかして、クールなイメージに反して厨二病的なの好きなのかな? ……この人は本当によくわからない。親しいはずの姉御も思わず尋ねちゃってるし。

『清恵さ、あんたゲームってするっけ?』
『自分が出ているゲームは一通りプレイしますが、そこまでやる方ではないと思います』
『結構いるよね、自分が出た奴はちゃんとやる子。……ちなみに、去年何本出た?』
『二十五本です』
『二十五本はそこまでゲームやる方だろ完全に……』
『そうですか?』
『いや、種類にもよるけどさ、大体十時間以上かかるでしょ、クリアするまで。よく二十五本もやる時間あるね。学校も仕事もあるのにさ』
『もちろん全部クリアしているわけではありません。ソーシャルゲームのように何をもってクリアというのか難しいものもありますし』
『あー、そっか。なるほどね』

 ソーシャルゲームは若手の仕事だと聞いたことがあるけど、確かに咏ノ原さんの名前はよく見るかもしれない。

『ところで、私がゲームをするのかどうかと、裏名義にどんな関連があるんです?』
『えーと、だな……。パソコンのゲームってやったことある?』
『パソコンのですか……? 例えばどのような?』
『その、シミュレーションとかは……?』

 恐る恐る姉御が尋ねる。ばつが悪そうっていうか、おっかなびっくりというか。とにかく、姉御らしい、聞いていて気持ちのいい話しっぷりではなかった。
 ……まぁ、でも話題が話題だしね。咏ノ原さん、未成年だし。いやらしさを感じさせないで裏名義について説明することに姉御は注意を払っているのだろう。

『シミュレーションゲームですか? はい』
『え、あるの!?』
『はい。私は出演していませんが、友達に勧めてもらったものを』
『マジかよ……。え、だって、あんた今いくつだっけ?』
『今は十六才ですね。次の誕生日で十七才になります』
『だろ? じゃ、年齢制限ダメじゃん』
『年齢制限……? 特別なかったとような気がします』
『えー? ああいうの、基本十八禁だろ?』
『そうなんです?』

 このラジオのうりである微妙に噛み合わない二人の会話。おそらく姉御が言っているシミュレーションゲームは所謂エロゲ―なんだろうけど、咏ノ原さんがさしているのは……。

『……もしかして。……ちなみに、それどんなゲームだった?』
『サッカーチームを経営するゲームです』
『……やっぱり』

 ラジオから姉御の安心したかのようなため息が聞こえてくると、私も同じようにホッとした。ピュア過ぎる咏ノ原さんにそういうゲームは似合わないもん。

『あー、よかった。そういうんじゃないの。それもシミュレーションだけど、もっと別の奴』
『別のです? 例えばどのような?』
『どのような? ……えーと……それは……』

 再び姉御の歯切れが悪くなる。安心したのもつかの間という奴だ。赤ちゃんがどうやって生まれてくるのか、子供に尋ねられてしまった居心地の悪さがあった。

『何でマネージャーさんの方を見てるんですか? 何か私不味いこと言ってます?』
『え、あ、そういうわけではないんだけど……』
『でしたら、己己己さんは私だけを見て下さい。それが人と話すときのマナーです』
『う……』

 気恥ずかしそうに押し黙ってしまった。多分、今姉御は真っ直ぐに見つめられている。咏ノ原さんの穢れを知らない大きな瞳に。あんな美少女に見つめられて赤面しないしないほうが無理だ。

『……えーとだな。サッカーのシミュレーションゲームとかじゃなくて、もっと可愛い感じの奴でさ』
『手塩に掛けて育てた選手たちは可愛いですよ?』
『いや、うん。そうなんだろうけど、そうじゃなくて! 何だろ……えー、すごい露出が高いシーンがあるというか……』
『ゴールを決めたあとにユニフォームを脱ぐこともありますよ?』
『だーかーらー! ……ごめん、一旦サッカーから離れて』
『……お相撲……?』
『でもなく! 露出高いけど! もっとあれ、アダルトな感じ! アダルティックな奴!』
『アダルト……ですか?』
『そう! もう超アダルト。古典的に言ったら鼻血が吹き出るくらい過激』
『そんなに、です?』
「……あれだよ、あれ。テレビにそのシーンが映ったらお茶の間は凍るね!」
『……グロテスクということですか? スプラッタ的というか』
『んー、違う。グロいジャンルもあるっちゃあるらしいんだけど、それはアブノーマルな方。何て言えばいいんだろ……恐怖っていうよりは気まずい感じ』
『気まずい……?』

 まるでまったく想像がついていないかのような咏ノ原さん。この人は鋭いようで恐ろしく鈍いところもある。

『……僅かばかりしか要領を得ないので、具体的にどのような気まずいシーンがあるゲームなのか教えてもらえませんか?』
『具体的に……。えー……うーん……どう言えばいいんだろ……? 大丈夫かな、ほんとこれ……』

 具体的にと言われ、姉御は息を呑んだ。これはラジオ。公共の電波。相手は超大人気の若手声優。言葉は選ばないといけない。

『……だ、男性と女性が……ニャンニャンする、かな?』

 恥ずかしそうに声が震えていた。姉御も本当はこの手の話は得意じゃないと、ファンである私はよく知っている。それもまた姉御の魅力だもん。
 けれど。

『ニャンニャン? 何ですか、それは? 猫のようにじゃれ合うということです? もっと、具体的にお願いします』
『もっと……?』
『はい』

 残酷なまでの素直さ。
 どうしたもんだと悩みに悩み抜いた姉御が、放送事故ギリギリの沈黙ののち、

『……せ、性行為があるゲーム……』

 消え入りそうな声で答えると、

『ああ、エロゲーのことですか』
『あたしの努力は!?』

 咏ノ原さんは持ち前の残酷さでこれまでの全てを無に帰して見せたのだった。

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