前回分にはこちらから。
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』⑦
・ スペシャルウィークに向けて②
『清恵さ、知ってた?』
あー、そういえばこの番組始まる前にもCMで流れてたような。開局四十周年が云々とか。豪華プレゼントや豪華ゲストが云々とか。うろ覚えだけど。
『番組同士で競い合わせて、順位によっては私たちにも景品が出るらしいんだけど、どうせやるなら一番目指したくない? 少なくとも、アニメとか声優関連のラジオの中では』
生来の負けず嫌いである姉御の提案を、咏ノ原さんが二つ返事で承諾する。何事においても、自分がどの程度出来るのか知りたがっている咏ノ原さんにとって、これはまたとない機会なのかもしれない。
『他の番組は色々企画やるらしんだけど、あたしらはどうする?』
いつも通り淡々とした発言だが、それが王者としての自信を感じさせる。番組が始まって最初の聴取率調査で一位になって以来、声春ラジオはアニメ関連のラジオの中でトップの聴取率を叩き出し続けていた。
『ほんと、強気だねあんたは。けど、自分たちの限界を知るっていうんなら、何かしらの企画をしてみた方がよくない?』
こうして、二人の企画会議垂れ流し放送が始まる。
『企画……。リスナーの方に考えてもらうのはいかがでしょうか?』
そう。姉御の言う通り、この番組ではリスナーからコーナーの募集をし続けていた。
『リスナーに頼るのはやめるとして。……企画ねぇ……』
そう言って感心を示しつつ、姉御はその日しか聞けない話について頭を悩ませる。
『んー……じゃあさ、自分の中で二番目に衝撃的なことを話すってどう?』
咏ノ原さんは簡単に納得したみたいだが、果たしてそれでいいのだろうか。二番目も相当話しづらいような気がするのだけど……。
『……あ、でも、あれか。実際どれくらいすごい話なのか、わかんないのか当日まで。それはちょっとあれだね。あんまり引きとしては強くないか』
言われてみればそうだ。いざ蓋を開けてみれば大した話ではないという可能性もなくはない。
『では、実際に今、話してみたらいかがでしょうか?』
姉御も咏ノ原さんの提案に簡単に納得してしまう。この二人には秘密を話すことの抵抗はないのだろうか……?
『四番目と三番目……。清恵さ、試しに先言ってみて』
僅かに溜を作り、咏ノ原さんが話してくれた四番目の秘密は、
『コンビニでアルバイトをしています』
なんとも反応のしづらいものだった。
『え……? コンビニで……?』
耳を疑うように尋ねる姉御に、咏ノ原さんは淡々と答える。
『……いや、アルバイトしてる声優の子は別に珍しくもないけどさ。でもさ、清恵はさ、売れてる方じゃんだって』
自分で言っちゃうのもすごいけど、姉御ももうそれにツッコんだりはしない。もはや公然の事実だった。
『歌の方も売れてるみたいだし、何曲か作詞作曲もしてるんでしょ? なら、ぶっちゃけかなりもらってるっしょ?』
流石に不味かったのかこの番組にしては珍しく編集音(ピー)が入る。しかし、それが余計に生々しかったりで。一体いくらくらいもらってるんだろう……。というか、絶対アルバイトする必要ないくらいもらってるよね。
『別にお金が欲しくてアルバイトしているわけではありませんので』
意味不明とばかりに漏らす咏ノ原さん。まさしく私も履歴書にそう書いていたので胸が痛い。
『私がコンビニでアルバイトを始めたのは、役作りの為です』
コンビニでアルバイトするだけで完全に状況再現出来るのなら、そりゃあアルバイトしてもおかしくは……いや、おかしいけど。
『なるほどねぇ……。設定がものすごいドンピシャなのも含めると、確かに衝撃的かもなぁ……』
僅かに溜を作るような話し方に思わず息をのむ。さっきのが四番目だとしたら、三番目は一体……。
『……三番目は何なの?』
姉御の言う通り、咏ノ原さんがアルバイトをしていると発言してからというもの、ブース外の喧噪がマイクに入り続けていた。
私の大好きな時間もいつまでもは続かない。
『さて、そろそろ時間かな?』
淡々と咏ノ原さんが譲る。何だろう、そんなにいっぱい告知があるのかな? リスナーとしては嬉しいけれど。
『えーとね、多分、放送日的に今日発表されてると思うんだけど、[虚(ウツ)ロ、陽(ヒ)ノ下(モト)ニ咲(サ)ク]って映画に、あたしと清恵が、咲(さく)来(らい)百(もも)花(か)役と浮(うき)雲(ぐも)の方(かた)役として出演します』
あー、そういえばそうだ。咏ノ原さんは渡された台本を速攻で暗記する人だった。それも自分以外の役も全て。いつ代役が回ってきても完璧にこなせるようにという虎視眈々過ぎる理由で。
『……で、どうだった?』
二人とも人気だからバーターってことは流石に……。
『まぁ、情報はこれからどんどん公式の方で出てくると思うんで、というか、正直あたしもどこまで言っていいのか全然わかってないんで、そっちのね、チェックの方よろしくお願いします』
あるないあるないあるない。二人のまったく噛み合うことのない会話。咏ノ原さんの気遣いは嬉しいけれど、既に私は完全に困惑していた。ないの? あるの? というか何が!?
『……何があるのほんとに』
えー……。来週休みなんだ。ちょっとショック。一体私は何を楽しみに日常を過ごせばいいというのか。
『ってことは、来週の収録もないの?』
灰色な日々を思い浮かべ憂鬱になる私とは違い、姉御は嬉しそうに声を弾ませる。そんなに毎日忙しいのかな……? ファンとしては姉御の声を聞きたい反面、身体を大事にして欲しいので、複雑な気持ちなる。
『……清恵は? 学校だけ?』
私も姉御と同じように呆れてしまう。というか、学校があってボイストレーニングがあってダンス教室まであるのに、オフっていうのは頭がおかしいのでは? つまり、普段はもっと忙しいってこと……? 咏ノ原さんも無理し過ぎないで欲しいなぁ。
『まぁ、いいや。それ、何時くらいに終わるのさ?』
そういえば何かの雑誌に書いてあったような気がする。姉御は絡み酒タイプだって。そりゃあ咏ノ原さんからしてみればいい迷惑だろう。次の日学校だし。おまけに自分は未成年だから飲めないし。
『とりあえず、予定はこの収録を終わらせてから考えればよいのでは?』
淡々とした咏ノ原さんの声の向こう。微かな音量でエンディング用の曲が流れ始める。姉御と咏ノ原さんが歌う曲で、エンディングに相応しいしっとりとした歌声が、侘しさや寂しさを感じさせた。
『番組では皆さんからのメールを募集しております』
BGMにそぐわないドタバタ劇。二人の会話を聞いていると、寂しい気持ちなんてどっかに行って、私は一人、ヘッドホンをつけたままクスクスと笑っていた。
『……ったく。ここまでのお相手は己己己己己己己と』
『わたしと!あなたの?声春ラジオ!?3』⑦
・ スペシャルウィークに向けて②
社長に見られているという環境に慣れたのか、少しずつ姉御の調子はいつものものに戻っていった。
『清恵さ、知ってた?』
『何でしょう?』
『再来週、スペシャルウィークなんだってさ』
『スペ……? ……ゴールデンウィークのお仲間ですか?』
『違う違う。確かにこの間シルバーウィークってのがあったけど。スペシャルウィークっていうのは、聴取率週間のこと』
『ああ、そのことですか。確かふた月に一回くらいやってますよね』
『そ。でね、再来週は開局してからちょうど四十年てことで、局を上げて大々的にやるんだってさ』
あー、そういえばこの番組始まる前にもCMで流れてたような。開局四十周年が云々とか。豪華プレゼントや豪華ゲストが云々とか。うろ覚えだけど。
『番組同士で競い合わせて、順位によっては私たちにも景品が出るらしいんだけど、どうせやるなら一番目指したくない? 少なくとも、アニメとか声優関連のラジオの中では』
『悪くないですね。自分たちの限界を知るという意味でも、よい機会だと思います』
『でしょ? なら決まりだ』
生来の負けず嫌いである姉御の提案を、咏ノ原さんが二つ返事で承諾する。何事においても、自分がどの程度出来るのか知りたがっている咏ノ原さんにとって、これはまたとない機会なのかもしれない。
『他の番組は色々企画やるらしんだけど、あたしらはどうする?』
『別に特別なことはしなくてもいいのでは?』
『普段からアニラジの中では聴取率一番だしね。でもさ、それで負けたらダサくない……? 慢心て感じでさ』
『負けないので問題ありません』
いつも通り淡々とした発言だが、それが王者としての自信を感じさせる。番組が始まって最初の聴取率調査で一位になって以来、声春ラジオはアニメ関連のラジオの中でトップの聴取率を叩き出し続けていた。
『ほんと、強気だねあんたは。けど、自分たちの限界を知るっていうんなら、何かしらの企画をしてみた方がよくない?』
『……確かに一理ありますね。普段通りにやってどれくらいの方に聞いてもらえるかは、もう大体わかっているので』
『だろ? というわけで、今から企画考えるよ? 早めに告知しといた方が絶対いいしね』
こうして、二人の企画会議垂れ流し放送が始まる。
『企画……。リスナーの方に考えてもらうのはいかがでしょうか?』
『メールで?』
『はい』
『んー……ありっちゃありだけど、やめた方がよくない?』
『何故です?』
『だってさ、この番組始まってからずっとコーナーの募集してるけど、未だにフリートークしかないじゃん』
『……? 募集してましたっけ?』
『ほら、もうそういうレベルじゃん』
そう。姉御の言う通り、この番組ではリスナーからコーナーの募集をし続けていた。
しかし、一リスナーとして言い訳をさせて欲しい。コーナーがいつまで経っても決まらないのは、姉御や咏ノ原さんの審査が厳し過ぎるという理由が大きいのだ。勿論リスナー側にも原因はあるんだけどさ……。
『リスナーに頼るのはやめるとして。……企画ねぇ……』
『企画……。……その日しか聞けない話をするというのは、いかがでしょうか?』
『その日しか聞けない話?』
『はい。やはり、普段聞いていない方にも聞いてもらうとなると、プレミア感を出した方がよいのではないかと』
『なるほどね。確かに』
そう言って感心を示しつつ、姉御はその日しか聞けない話について頭を悩ませる。
『んー……じゃあさ、自分の中で二番目に衝撃的なことを話すってどう?』
『衝撃的な……?』
『衝撃的っていうか、何だろ、秘密っていうか……人が聞いたら驚くような自分のエピソードっていうか』
『二番目なんです?』
『そ。一番目はほら、やっぱり言えないでしょ。なかなか。だから、二番目』
『なるほど』
咏ノ原さんは簡単に納得したみたいだが、果たしてそれでいいのだろうか。二番目も相当話しづらいような気がするのだけど……。
『……あ、でも、あれか。実際どれくらいすごい話なのか、わかんないのか当日まで。それはちょっとあれだね。あんまり引きとしては強くないか』
言われてみればそうだ。いざ蓋を開けてみれば大した話ではないという可能性もなくはない。
『では、実際に今、話してみたらいかがでしょうか?』
『え? 今? 今二番目を話しちゃったら、再来週何話すの?』
『ですから、今日は四番目と三番目を話すんです。それなら、自ずと二番目の話がどれくらいのレベルなのか、リスナーの方たちも推し量ることが出来ますし』
『あー、なるほどね』
姉御も咏ノ原さんの提案に簡単に納得してしまう。この二人には秘密を話すことの抵抗はないのだろうか……?
『四番目と三番目……。清恵さ、試しに先言ってみて』
『私ですか? わかりました。では、四番目からいきますね』
『あれね? 結構大事だからね、これ』
『心得ています。四番目……いきますよ?』
『おう』
『私、咏ノ原清恵は、』
『清恵は?』
『現在、』
『現在?』
僅かに溜を作り、咏ノ原さんが話してくれた四番目の秘密は、
『コンビニでアルバイトをしています』
なんとも反応のしづらいものだった。
『え……? コンビニで……?』
『はい。アルバイトです』
耳を疑うように尋ねる姉御に、咏ノ原さんは淡々と答える。
『……いや、アルバイトしてる声優の子は別に珍しくもないけどさ。でもさ、清恵はさ、売れてる方じゃんだって』
『売れている方、ではなく、若手で最も売れています』
『でしょ?』
自分で言っちゃうのもすごいけど、姉御ももうそれにツッコんだりはしない。もはや公然の事実だった。
『歌の方も売れてるみたいだし、何曲か作詞作曲もしてるんでしょ? なら、ぶっちゃけかなりもらってるっしょ?』
『大体、○(ピー)万円くらいですね』
『だから具体的な数字は言うなっての!』
流石に不味かったのかこの番組にしては珍しく編集音(ピー)が入る。しかし、それが余計に生々しかったりで。一体いくらくらいもらってるんだろう……。というか、絶対アルバイトする必要ないくらいもらってるよね。
『別にお金が欲しくてアルバイトしているわけではありませんので』
『何その意識高いセリフ……。まさか「アルバイトを通じて社会貢献をしたいと思ったので」みたいな、よく履歴書の志望動機欄に書いてある嘘くさいこと言わないよね?』
『何ですかそれは……?』
意味不明とばかりに漏らす咏ノ原さん。まさしく私も履歴書にそう書いていたので胸が痛い。
『私がコンビニでアルバイトを始めたのは、役作りの為です』
『役作り? それもそれで意識高いけど、清恵らしいっちゃ清恵らしいか……。何、来期のアニメとか?』
『そうです』
『ふーん。あれか、コンビニでアルバイトしてる女子高生キャラ的な?』
『はい。コンビニでアルバイトをしている売れっ子新人声優女子高生という設定です』
『ピンポイント過ぎんだろ!?』
コンビニでアルバイトするだけで完全に状況再現出来るのなら、そりゃあアルバイトしてもおかしくは……いや、おかしいけど。
『なるほどねぇ……。設定がものすごいドンピシャなのも含めると、確かに衝撃的かもなぁ……』
『これが四番目です』
『……ちなみに三番目に秘密なことはなんなの?』
『三番目ですか?』
『そう、三番目』
『三番目は……』
『三番目は……?』
僅かに溜を作るような話し方に思わず息をのむ。さっきのが四番目だとしたら、三番目は一体……。
『……三番目は何なの?』
『三番目は……アルバイトしていることを事務所に話していないということですね』
『だろうね。さっきからブースの外が大騒ぎになってるもん……』
姉御の言う通り、咏ノ原さんがアルバイトをしていると発言してからというもの、ブース外の喧噪がマイクに入り続けていた。
……マネージャーさん、社長さん、ついでに姉御。ご苦労様です。
・告知
・告知
私の大好きな時間もいつまでもは続かない。
『さて、そろそろ時間かな?』
『そうですね。大体一時間半くらいは録っていると思うので、カットされる部分を考慮しても、もう十分かと』
『ね。じゃあ、終わらせるよ? [わたしと! あなたの? 声春ラジオ!?]、ここまでのお相手は、』
『あ、ちょっと待ってください』
『ん? どうした?』
『告知、しなくていいんです?』
『告知? 何かあったっけ?』
『あれですよ、あれ』
『あれ……? あー! はいはい。あれね? あたしと清恵が共演する奴ね』
『……? そっちの話ですか?』
『え? そっちってどっちよ?』
『そっちはそっちです。あっちでもこっちでもありません』
『はぁ? ……ちょっと訳わかんなくなってきたから、先こっち告知していい?』
『どうぞ。私は構いません』
淡々と咏ノ原さんが譲る。何だろう、そんなにいっぱい告知があるのかな? リスナーとしては嬉しいけれど。
『えーとね、多分、放送日的に今日発表されてると思うんだけど、[虚(ウツ)ロ、陽(ヒ)ノ下(モト)ニ咲(サ)ク]って映画に、あたしと清恵が、咲(さく)来(らい)百(もも)花(か)役と浮(うき)雲(ぐも)の方(かた)役として出演します』
『当然ですが、アニメーション作品です』
『そ。で、まぁ、原作ものじゃなくて、オリジナルなんだけど……清恵、もう脚本読んだ?』
『既に暗記しています』
『相変わらず鬼のように早いな……』
あー、そういえばそうだ。咏ノ原さんは渡された台本を速攻で暗記する人だった。それも自分以外の役も全て。いつ代役が回ってきても完璧にこなせるようにという虎視眈々過ぎる理由で。
『……で、どうだった?』
『悪い脚本ではないと思いますよ』
『悪い脚本ではないって……あんた、口には気をつけなって。今からキャスト変更とか、まだ全然ありえるからね。まだ何にも録ってないし』
『そうなると、私のバーターである己己己さんも降板ですね』
『誰がバーターだ、コラ』
二人とも人気だからバーターってことは流石に……。
『まぁ、情報はこれからどんどん公式の方で出てくると思うんで、というか、正直あたしもどこまで言っていいのか全然わかってないんで、そっちのね、チェックの方よろしくお願いします』
『よろしくお願い致します』
『さて、こっちの告知は終わったわけだけど、清恵。そっちの告知ってのは? もしかして、またCD出すとかそういう奴?』
『いえ。この番組の話です』
『この番組の……?』
『忘れてしまったんです? 来週の話ですよ?』
『来週? あれ? 何かあったっけ? ……マジでわからん。何があるの?』
『ないです』
『は?』
『ありません。ないです』
『……どういうこと? 何かあるんじゃないの?』
『ですから、あるんじゃなくて、ないんです』
『ないの?』
『ないです』
『だったら、告知する必要なくない?』
『はい? 何言ってるんです? ないということを伝えておかないと、困惑する方が出てくるかもしれないじゃないですか』
『はぁ?』
あるないあるないあるない。二人のまったく噛み合うことのない会話。咏ノ原さんの気遣いは嬉しいけれど、既に私は完全に困惑していた。ないの? あるの? というか何が!?
『……何があるのほんとに』
『ないです』
『じゃなくて。あー、もう。えーと……じゃあさ、何がないの?』
『この番組がです』
『この番組が……?』
『はい』
『……あー! もしかして、来週休みって話?』
『はい。局の設備点検があるそうなので』
『そうだったそうだった! すっかり忘れてたわ』
えー……。来週休みなんだ。ちょっとショック。一体私は何を楽しみに日常を過ごせばいいというのか。
『ってことは、来週の収録もないの?』
『ないです』
『やった! じゃあ、その日丸々オフじゃん!』
灰色な日々を思い浮かべ憂鬱になる私とは違い、姉御は嬉しそうに声を弾ませる。そんなに毎日忙しいのかな……? ファンとしては姉御の声を聞きたい反面、身体を大事にして欲しいので、複雑な気持ちなる。
『……清恵は? 学校だけ?』
『放課後にボイストレーニングとダンス教室がありますが、そのあとはオフですね』
『なに、あんた今度はダンス教室なんて始めたの?』
『はい。ライブの質をよりよいものにする為に、ダンスは看過することの出来ない要素ですので』
『はー。ほんと、あんたは努力家というか貪欲というか……』
私も姉御と同じように呆れてしまう。というか、学校があってボイストレーニングがあってダンス教室まであるのに、オフっていうのは頭がおかしいのでは? つまり、普段はもっと忙しいってこと……? 咏ノ原さんも無理し過ぎないで欲しいなぁ。
『まぁ、いいや。それ、何時くらいに終わるのさ?』
『八時……くらいです』
『八時か……。じゃあさ、そのあと家来る?』
『己己己さんの家ですか……?』
『そ。車出すからさ』
『……私、次の日学校ですよ?』
『いやいや、何で泊まる前提なんだよ?』
『だって、いつもそうじゃないですか』
『ま、まぁ、そりゃあそうだけど……。でも、いいじゃん。朝、車出すよ?』
『……ですが、己己己さん、なかなか寝かせてくれないじゃないですか』
『はぁ!? ちょ、やめろよ! そ、その言い方だと、何かいかがわしく聞こえるだろ!』
『……? 未成年に遅くまで酌をさせることは、充分いかがわしいのでは?』
そういえば何かの雑誌に書いてあったような気がする。姉御は絡み酒タイプだって。そりゃあ咏ノ原さんからしてみればいい迷惑だろう。次の日学校だし。おまけに自分は未成年だから飲めないし。
『とりあえず、予定はこの収録を終わらせてから考えればよいのでは?』
『……そうすっか。これからみんなでご飯行くことになってるしね』
『では、終わらせましょう』
淡々とした咏ノ原さんの声の向こう。微かな音量でエンディング用の曲が流れ始める。姉御と咏ノ原さんが歌う曲で、エンディングに相応しいしっとりとした歌声が、侘しさや寂しさを感じさせた。
あー、もう終わりかぁ……。
『番組では皆さんからのメールを募集しております』
『次は再来週だから、みんな覚えといてね? ここまでのお相手は己己己己己己己と』
『重大発表がありますので、皆さんお聞き逃しのないようにお願い致します。咏ノ原清恵でした』
『え、ちょっ? 重大発表……?』
『あれ? 己己己さん、知らないんです?』
『うん』
『おかしいですね。確かマネージャーの青木さんから話があったはずですが』
『ほんと? ……まぁ、いっか。あとで、ね』
『そうですね。再来週になれば己己己さんもわかると思うので』
『このあと教えてくんないの!?』
『このあとは来週の予定を決めるのでは?』
『い、いや、それはそうだけどさ。でも、別にそのときに教えてくれれば、』
『そんなことよりも、まだ最後の一言言ってないですよ?』
『そんなこと……? あんた、さっき重大発表って言ってなかった?』
『私、このあと、ダンス教室の入会手続きがあるので早くしてもらっていいです?』
『今日からかよ!?』
BGMにそぐわないドタバタ劇。二人の会話を聞いていると、寂しい気持ちなんてどっかに行って、私は一人、ヘッドホンをつけたままクスクスと笑っていた。
『……ったく。ここまでのお相手は己己己己己己己と』
『咏ノ原清恵でした』
『再来週もあなたに声をお届けします』『再来週もあなたに声をお届けします』
これまでの喧噪は何だったのか。二人の声がぴったりと重なる。
「……やっぱり、決めるところはちゃんと決めるんだよねぇ」
声春ラジオ定番の挨拶を耳にし、椅子に座ったまま大きく両腕を上げ背筋を伸ばすと、固くなっていた腰がほぐれ、なんとも言えない気持ちよさがあった。
重大発表って何なんだろう? アニメの話かな? CDとか? それとも声春ラジオのイベント?
色々想像するだけでワクワクするけど、多分私が考えていることは全部外れだ。だって、私が大好きなラジオはいつも私の予想を超えてくれるから。
「……うん。再来週まで頑張んなきゃ!」
再来週の今へと思いを馳せながら。
私は大好きな時間にもらった元気を握りしめ、日常へと戻るのだった。
――――――――――――――――――――――――――
四巻へ続きます。
――――――――――――――――――――――――――
四巻へ続きます。